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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)265号 判決

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一五万円およびこれに対する昭和四八年一二月二七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

本判決は被控訴人勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

(申立)

控訴代理人は控訴の趣旨として「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

被控訴代理人は請求の原因として、

一、控訴人先代天野花子(以下控訴人先代という。)は被控訴人に対し、左記の事実関係を主張して、昭和四七年一月一八日に訴訟を提起し、これは名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号事件として係属し、同裁判所で仮執行宣言付の控訴人先代全部勝訴の判決をえたが、これに対し同年中に被控訴人が控訴をなし、これは名古屋地方裁判所昭和四七年(レ)第六七号事件として係属したが、同裁判所は昭和四八年七月に原判決を全部取消して、控訴人先代の全面敗訴の判決を言渡した。

控訴人先代は、名古屋市千種区高見町六丁目一番地に一〇室を有するアパートを所有、経営しているものであるが、控訴人先代は昭和四〇年頃訴外池内一二三に対し、右アパートの一室を賃料一ケ月一万五、〇〇〇円で賃貸したところ、同人は昭和四五年一一月末頃右室を明渡をしたが、被控訴人は控訴人先代に無断で昭和四五年一二月二三日頃から右室に電話二本を設置して右室を占有し、昭和四七年三月八日にいたり漸く右電話を撤去した。このため、控訴人先代は昭和四五年一二月二三日頃から昭和四七年三月八日頃までの間(弁論の全趣旨に照らし本件訴状中、右四七年(ハ)第二八号事件に関し、昭和四五年一二月一日から昭和四六年一二月三一日まで、とある点は誤記と認めて訂正する)一ケ月金一万五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害を蒙つたので、被控訴人に対し二一万七、五〇〇円(前同様、本件訴状中右事件に関し一九万五、〇〇〇円とある点は誤記と認めて訂正する)の支払を求める、というのである。

二、1 しかし、事実関係の真相はつぎのとおりである。すなわち、なるほど、控訴人先代は訴外池内にその主張のような室を賃貸したことはあつたのであるが、控訴人先代と池内との右の賃貸借関係は昭和四七年二月頃までは継続していたのであり、かつ、被控訴人は池内に対する債権に対する代物弁済として池内から右電話二本の電話加入権の提供を受けて、昭和四五年一二月二三日これの名義書替をしたものにすぎず、この名義書替後も被控訴人は右電話の電話機二台をそのまま本件室に設置して池内にその使用を認め、池内は又、昭和四七年二月中頃まで同人所有の器具什器又は帳簿類をこの室に置いて、これを占有していた。

2 元来、他人名義の電話機が設置されているために、家屋の使用ができなくなるいわれはなく、現に本件の場合でも、控訴人先代は昭和四七年一月はじめ頃に既に本件家屋部分を第三者に賃貸していたことが認めらるのである。

3 さらに、電話局員が右の電話の取外しのために被控訴人方へ赴いた際、控訴人先代は本件家屋部分に立入ることを許さなかつたので、昭和四七年三月八日まで電話機の取外しが遅れた事実がある。

4 右の次第につき被控訴人において右電話や本件室を使用占有したことのないことはもとより、池内または控訴人先代に対して右室の使用を求めたこともないものであつて、被控訴人が右室を使用占有したことは全くない、のである。

三、右の真相は、控訴人先代において初めからよく認識していたところであり、仮にそうでなくても、控訴人先代が事実関係を多少なりとも調査すればすぐ分ることであるのに控訴人先代はこれを全然なさず、とくに、控訴人先代は昭和四七年二月頃からはアパート所有者として右室に立入り現実に右室のみならず右電話をも使用していたのであるから、控訴人先代は少くとも同月頃には右二、のことを充分承知していたものである。

四、1 しかるに、控訴人先代は、自己に被控訴人に対する権利がないことを知りながら、又は、右権利の存否等につき何らの調査、確認もせずに漫然と非常識にも被控訴人に対し前記の訴訟を提起しこれを追行し、かつ、前記のようにその後に控訴審で取消された第一審の仮執行宣言つき判決に基き、昭和四七年六月頃名古屋地方裁判所に対し被控訴人に対する強制執行として不動産強制競売の申立をなし、そのため被控訴人をして同月三〇日頃強制競売開始決定と不動産の差押をうけせしめたものであつて、従つて控訴人先代の右の行為は被控訴人に対する不当訴訟および不当執行による不法行為となるところ、被控訴人は、右訴訟に応訴し、自己の権利を防禦するため弁護士山口源一等にその訴訟代理を委任することを余儀なくさせられ被控訴人はこのためその弁護士費用合計一〇万円(前記訴訟の第一、二審を通じての手数料三万円、同報酬金七万円)を支出し、同額の損害を蒙り、かつ、右不当執行により手広く材木商を営んでいる被控訴人はその信用を毀損され信用毀損による被控訴人の営業上の損害は三〇万円である。

2 すなわち、被控訴人個人、および被控訴人が代表取締役をしている友好木材株式会社、株式会社碓氷不動産は、いずれも株式会社三菱銀行池下支店と銀行取引をしており、現在でも同支店より、被控訴人個人が五〇〇万円、友好木材株式会社が一、〇〇〇万円、株式会社碓氷不動産が四〇〇万円の各借入れをなしている状況である。

3 ところで、本件強制競売開始決定当時、被控訴人は右銀行から三〇〇万円の借入をしようとして申込をしていたが、たまたま差押登記の記入がなされたため右銀行より貸付を拒絶された事実がある。

4 また右差押登記の記載は、抹消登記がなされた後も登記簿上に残るから、そのため被控訴人の信用が著しく傷つけられている。よつて被控訴人は右事実による損害の賠償をも併せ求めるものである。

五、1 控訴人先代は本件訴訟中の昭和五〇年七月二九日に死亡し、控訴人が単独でその権利義務を相続した。

2 上記の次第につき被控訴人は民法七〇九条、七一〇条に基づき、右不当執行による損害については、なお民訴法一九八条二項に基づき、控訴人に対し金四〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

控訴代理人は答弁として請求原因事実中、一、の点は認める。但し控訴人先代は名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号事件においては、昭和四五年一二月一日から同四六年一二月三一日までの賃料相当の損害金一九万五、〇〇〇円の支払を求めたものである。同二、のうち控訴人先代が池内に被控訴人主張のような室を賃貸したこと、昭和四五年一二月二三日に本件電話二本の名義を被控訴人名義に書替えたが、右名義書替後も、右電話機をそのまゝ本件室に設置していたことは認めるが、その余の点はこれを争う。同三、のうち控訴人先代が昭和四七年二月頃から本件室に立入り、右電話をも使用していたことは認めるが、他は争う。同四、のうち控訴人先代が被控訴人に対し、訴訟を提起して追行し、第一審仮執行宣言付勝訴判決に基づき、被控訴人所有不動産に対し、強制競売の申立をして競売開始決定を行つたこと、被控訴人が右訴訟において、弁護士山口源一に訴訟委任したことは認めるが、他は争う。同五、の点は相続関係のみ認めて他はすべて争う。

一、本件の実情は左のとおりである。

本件貸室の賃借人池内一二三は、自分の経営する会社が倒産した直後の昭和四五年一一月末日に、控訴人先代に対し、「部屋を明ける。」とのみ告げて行先は告げずに出て行つた。控訴人先代が調べると、部屋の入口には池内が取付けた鍵がかけてあり、室内には机や電話が置いてあつた。同年一二月に電話の名義人が被控訴人であることを知り、四、五日後に撤去方を申入れたが、電話はそのまゝになつていた。翌年一月「碓氷」と名乗る男(後に本件証人の野須常男であることがわかつた。)が池内を連れて控訴人方へ現われ、物凄い権幕で控訴人に対し、「この部屋は今後俺が使う。」と宣言した。控訴人方は娘と二人暮しの女世帯であるため、このように柄の悪い人に使わせる訳に行かぬので、右申出を拒絶し、訴外池内外一名を被告として、貸室明渡請求訴訟(名古屋簡易裁判所昭和四六年(ハ)第一五四号)を提起し、同年八月一四日勝訴判決が確定した。その後も、なお、部屋の中に物や電話があり、他人に貸す訳にも行かぬので、控訴人先代は旧借主の池内等に対し、明渡の催告をしたが、応答がないので、控訴人先代は池内に貸したときの仲介人加藤夫妻の立会の下に、鍵を外して部屋をあけて中の物を片付けた、その後、控訴人先代は池内に対し、金員支払請求の支払命令申立をなし、それが訴訟に移行した。控訴人先代としては賃貸借契約終了後の家賃金相当の損害金支払を請求するつもりであつたが、誤まつて家賃金請求訴訟と主張したため、敗訴に終つたものである。

なお、控訴人先代は、池内と被控訴人との双方に対し訴を起したが、賃料相当損害金を二重取りする意思はなかつた。

二、1 被控訴人は、本件に関する名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号、名古屋地方裁判所同年(レ)第六七号、同庁昭和四七年(ヌ)第七三号事件を、控訴人先代が申立維持したのは不法行為に該当する旨主張するが、控訴人先代は虚偽の事実を主張して訴又は執行申立をしたことはなく、何ら故意過失がなかつた。

2 被控訴人は、当時本件貸室は訴外池内が賃借中で、本件電話も池内の使用に供されていたものであるから、不法占有にならないと主張するが、池内の賃借権は合意解約または放棄により、昭和四五年一一月末ないしは一二月中旬に消滅している。仮りに、右時点に終了しなかつたとしても、遅くとも名古屋簡易裁判所昭和四六年(ハ)第一五四号明渡請求事件の訴提起時(昭和四六年三月一一日)、口頭弁論終始時、判決時(同年七月二九日)、同確定時(同年八月中旬)のいずれかにおいて消滅している。

仮りに、池内が本件部屋を占有していたとしても、被控訴人は池内と共同で、又は重複して、占有することもできるのであるから、被控訴人の占有を否定する根拠にはならない。

3 被控訴人は、控訴人先代が池内の住所を知りながらこれを秘匿して公示送達の申立をして、名古屋簡裁昭和四六年(ハ)第一五四号貸室明渡事件の確定判決を詐取した如くいうが、池内の行方は、昭和四五年暮に控訴人先代方を出てから同四九年三月末まで、控訴人先代にはわからなかつたものである。

4 被控訴人は、控訴人先代が鍵を取替えて本件室の占有を取得しておきながら、不法占拠を理由とする損害金請求をなすのは不法である旨主張するが、控訴人先代が鍵を取替えた事実はなく、被控訴人が本件室内に事務用品を置いたことによる損害金の支払義務を免れるための口実に過ぎない。

5 電話加入権の名義書換により、被控訴人が本件室の占有を取得したか否かは法律的問題であり、裁判所でさえ、一審と二審とでは見解を異にしている程であり、法律知識のない或いは乏しい控訴人先代や司法書士が、その判断を誤まつても、過失ありとはいわれない。

6 被控訴人は本件室を使用したり、使用の申出をしたことはないと主張するが、事実に反する。当時競売における電話加入権の評価額は、七万五、〇〇〇円であり、金融業者は二本一〇万円で担保にとつている点と対比しても、被控訴人が電話二本を二一万円で譲り受けたとは考え難く、右価額には、本件室内の事務用品全部の価額が含まれており、被控訴人は、本件室を自分で使うと主張し、事実、家主に無断で使用占有していたものと思われる。

7 控訴人先代は被控訴人の電話取外しを妨害したことはない。電話局員が取外しにきたとき、貸室に家主がつけた鍵でない鍵がかかつていれば、家主としても勝手にこれをあける訳に行かないのは当然である。又、電話の取外しには電話局員だけではなく、電話の持主と部屋を使つている者の双方が来て立会うべきであつた。

8 本件貸室の月額賃料は一万五、〇〇〇円が正しい。

9 控訴人先代は裁判所(一審勝訴判決)の正当な判断にしたがい仮執行したものであるから、右仮執行につき、控訴人先代に過失はない。

三、損害について

1  被控訴人主張の弁護士費用については、領収証がなく、この点に関する被控訴人の供述も措信し難い。又、訴額(二一万七、五〇〇円)に比し高額であり不当である。

2  被控訴人個人は木材商をいとなむものではなく、被控訴人が代表者をしている会社が木材業をしているに過ぎない。

3  また、控訴人先代の申立にかかる強制競売開始決定は、昭和四七年六月三〇日に出されたが、その直後の同年七月一三日に、強制執行停止決定が出ているし、又、競売開始決定は、登記簿に記載される外は公衆の目にふれるものでもないから、実害はない。仮りに、登記簿を見た者があつても、停止決定が出ていることでもあるから、事情を説明すればことはすむはずである。したがつて損害はない。もし、何らかの損害があつたとしても、因果関係がない。

(証拠関係)(省略)

理由

一、1 控訴人先代が被控訴人に対し、被控訴人が控訴人所有のアパートの一室を不法に占拠したことを理由として、損害金支払請求の訴訟を提起し、名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号事件として審理の結果、控訴人全部勝訴の仮執行宣言付第一審判決があつたが、被控訴人より控訴して名古屋地方裁判所昭和四七年(レ)第六七号事件として審理の結果、原判決を全部取消して控訴人先代の請求を棄却する旨の第二審判決のあつたことは、当事者間に争いのないところであり、右判決の確定したことは控訴人の明らかに争わぬところであるから、これを自白したものとみなす。

2 被控訴人は、控訴人先代が被控訴人に対し、前記損害金支払請求訴訟(名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号、名古屋地方裁判所同年(レ)第六七号)を提起し、維持したのは、不法行為に該当する旨主張しており、成立に争いない甲第三号証の四五、当審証人野須常男の証言によると、右訴訟は結局控訴人の敗訴に終り、右損害金請求権は存在しないことが確定したことが認められる。

二、1 しかしながら、それにも拘わらず、控訴人が右訴を提起し、維持したことが、同人の故意又は過失によるものとは認め難いものである。控訴人先代の右訴の要旨は、控訴人所有のアパートの一室に設置せられた電話の加入権は、被控訴人に帰属するが、被控訴人が右電話機二台を同室に設置したまゝでいるために、控訴人の右室に対する占有が妨害せられたというにあるところ、被控訴人が昭和四五年一二月二三日に、右電話加入名義を被控訴人名義に書替えて後も、電話機二台を本件貸室に設置したまゝにしていたことは、当事者間に争いのないところである。

2 もちろん、電話機二台を設置することにより、部屋全体を占拠することになるか否かについては意見のわかれるところであろうが、成立に争いない甲第二号証の一九によると、名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号事件判決も積極説をとつたことが認められるものであり、法律専門家でもない控訴人先代が、これと同一見解の下に、右訴を提起維持したことを以て故意過失ありとして問責することはできない。

3 被控訴人は、控訴人の主張する期間中、本件部屋は訴外池内一二三が賃借していたもので、被控訴人は名義書替後も、右電話機を池内の使用に任せていたものであるから、被控訴人が本件部屋を占有することになるはずがなく、右の道理を無視して、控訴人が本件訴を提起維持したのは同人の故意というべきである旨主張する。

右期間中、池内一二三の賃借権が存続していたか否かの点は別として、昭和四五年一二月二三日以降同四七年二月頃までの間、本件貸室が、池内一二三の占有下にあると控訴人先代が認識していたことは、弁論の全趣旨(控訴人の主張態度)によつてもこれを認め得るところである。

被控訴人は、本件貸室が池内の占有下にある以上、被控訴人名義の右電話機を、右貸室内に設置することにより、被控訴人が本件貸室の占有を妨害することはあり得ないと反駁するが、池内と被控訴人との共同占有ということもあり得るはずであるし、事実、当審における控訴本人尋問の結果によると、控訴人先代は、本件貸室に碓氷名義の電話機が置いてあることによつても、本件貸室の使用収益を妨げられると感じていたことが認められるから、被控訴人の右反駁の趣旨は、にわかに認容し難いものである。

4 被控訴人は電話の名義書替後も本件電話の使用を池内に委ね(電話機の占有移転の権限も同人に委ねた。)てあつたから、被控訴人の貸室に対する占有は成立しない旨主張するが、右事実の真偽はとにかくとして、控訴人先代が、そのような被控訴人と池内との間の内部関係を知り、もしくは容易にこれを知り得べかりし立場にあつたと認めるに足る証拠はない。

何となれば、被控訴人と池内との間の内部関係を確認するためには、当事者双方につき調査する必要があるところ、当審における控訴本人尋問の結果、成立に争いない甲第三号証の八、乙第一号証、同第二号証の二によると、右期間中、池内は債権者の追求を免れるため所在を晦ましており、そのため控訴人先代の池内に対する貸室明渡請求訴訟さえ、公示送達による呼出によつて行なわなければならなかつた状況が認められるので、控訴人先代が池内から、被控訴人との間の内部関係の如何を聞き出すことなど、殆んど不可能に近かつたと思料されるからである。当審証人池内一二三、同野須常男の各証言中右認定に牴触する部分は措信し難く、他にこれに反する証拠もない。

三、1 次に、控訴人が前記名古屋簡易裁判所昭和四七年(ハ)第二八号仮執行宣言付判決に基づき、被控訴人所有不動産に対し強制競売の申立をなし強制競売開始決定を得たこと、および、右仮執行宣言付判決が、後に、上訴審で取消されたことはいずれも当事者間に争いがない。そうだとすると、控訴人先代は、右仮執行に基づき、被控訴人が蒙つた損害(仮執行との間に相当因果関係のある全損害)につき無過失賠償責任を負うものといわなければならない。

2 被控訴人は、右差押を受けたため、当時被控訴人が取引銀行(株式会社三菱銀行池下支店)に申込んでいた融資の話が不成就となり、損害を蒙つた旨主張し、当審証人野須常男の証言、当審における被控訴本人尋問の結果中には右主張にそう如き部分があるが、右各供述部分はいずれも現実味を欠き、にわかに措信し難いものといわなければならず、他に右事実を認めるに足るような証拠もない。而して、他に本件差押により被控訴人が財産的損害を蒙つたことを認むべき証拠はない。

3 しかしながら、一般に差押を受けることが個人の名誉信用を傷つけるものであることは多言を要しないところであるから反証なき限り、被控訴人の信用は控訴人先代による本件差押により毀損せられたものと推認すべきであり、控訴人先代はこれにより被控訴人が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

四、1 そこでその損害の額につき考えるに、当審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は親の代から相当手広く材木商を個人営業又は法人形式で営んできたものであることが認められ、他にこれに反する証拠もない。

2 又、成立に争いない甲第四号証の一、二によると、本件強制競売手続は昭和四七年六月三〇日頃に差押登記があつたが、約二週間後の同年七月一三日に執行停止になつたため殆んど進行していないことが認められるし、成立に争いない甲第三号証の四五によると、同四八年七月二〇日には、債務名義になつている原判決が取消されたことが認められるから、被控訴人の名誉信用も相当程度回復されているとみるべきである。

3 さらに、控訴人先代が前記訴訟を提起し維持したことにつき故意過失ありと認め難いことは前示のとおりであるから、まして、前記訴訟の第一審判決に基づき、仮執行をしたことにつき故意過失ありとも認め難いものである。

4 そこで、これらの諸点を考え合せるときには、本件信用毀損による損害額として、控訴人先代が賠償すべき金額としては、金一五万円が相当と考えられるものである。

五、そうだとすると、控訴人先代は被控訴人に対し、本件損害金一五万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四八年一二月二七日以降完済迄民事法定利率年五分の遅延利息を支払うべき義務があるところ、昭和五〇年七月二九日に控訴人先代が死亡し、控訴人が単独相続したことは当事者間に争いがないから、控訴人は被控訴人に対し前記金員を支払うべき義務がある。

よつて、被控訴人の本訴請求は右金員の支払請求の限度で正当であり、他は失当であるところ、これと一部結論を異にする原判決は主文のとおり変更せらるべきである。そこで民訴法三八六条、九六条、九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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